2008年8月19日 (火)

イランの英語

イランには観光客を含めてほとんど外国人はいないと思います。イランのビザは日本以外の国でも非常に取りにくくなっているそうで、こんなところへわざわざやって来る観光客はほとんどいません。そんなイランでやたらに目につくのは英語表記の看板です。そんなものは誰も必要としていないと思われるのですが、ありがたいことにかなりあります。ただし、英語がおかしいのは日本と同様で、目を覆いたくなるようなものがたくさんあります。例えば「welcome」については、「wel come」「well come」「wellcome」などといった様々な表記がある一方で、英語的に正しいと思われる「welcome」を見かけることはほとんどありません。一度間違った表記が広がると、決して直ることはないみたいです。日本でも「calender」はかなり頻出だったと思いますが、近頃ようやく目につかなくなってきました。よい傾向だと思ってます。

| | コメント (0)

2008年8月18日 (月)

マシュハドに着きました

日曜日(2008年8月17日)は車でゴルガーンからマシュハドまで移動しました。途中ゴレスターン大学やゴレスターン国立公園の滝を見たりして、とても楽しい旅だったと思います。結局マシュハドに到着したのは夜11時くらいでした。マシュハドはとても宗教的かつ保守的な町で、女性がかぶるべきものをしっかりかぶっていることに驚いています。マシュハドに比べると、テヘランはかなり風紀が乱れていると思いました。実はマシュハドでも居候状態で、とても親切にしてもらっていてありがたいことなのですが、その代わりに居候には自由というものがありません。基本的に何も苦労はないのですが、次々に出てくる食べ物や飲み物を断るのがたいへんで、だいぶん疲れています。

| | コメント (0)

イラン鉄道紀行

土曜日(2008年8月16日)は、テヘランから列車でマザーンダラーン州のサーリーへ行きました。テヘランとサーリーを結ぶ路線は、アルボルズ山脈の断崖絶壁を抜けてカスピ海へと至るとても景色のよい路線です。イランの鉄道はドイツの技術で建設されているそうなのですが、こんなものを何十年も前に作ったのはすごいことです。列車はテヘランを定刻の8時半に発車して、サーリーにも定刻の15時半くらいに到着しました。雄大な景色に感動だったのですが、窓を開けて外を眺めていたら、たびたびくぐるトンネルの中で顔が真っ黒になってしまいました。前の車両の乗客が窓から捨てたゴミが顔に激突したのは痛かったです。サーリーにはお迎えの車が来ていて、この日はゴルガーンという町のホテルに泊まりました。

| | コメント (0)

テヘランの休日

金曜日(2008年8月15日)は、お茶屋さんが立ち並ぶダルバンドとパフラヴィー王家の夏の離宮だったサアダーバード宮殿博物館に行きました。金曜日はイランの日曜日なので、どこも人でいっぱいでした。この日は日本大使館の人やマーザンダラーン大学の先生に久しぶりに会うことができてとてもうれしかったです。しばらくイランから遠ざかっている間に、ずいぶん長い時間が経過していたことを感じてしまった一日でした。

| | コメント (0)

テヘラン大学

木曜日(2008年8月14日)は、前々から行きたいと思っていたテヘラン大学のメインキャンパスに行きました。ここは門の守衛さんが外国人を厳しくチェックしていて、これまでも入ることができなかったのですが、実は今回も入ることができませんでした。いっしょに行ったテヘラン大学の卒業生は、そのことを(事前に何度も言っておいたのに)わかってなくて時間を無駄にしてしまいました。イランではだいたいいつもこんな感じです。例えば、博物館に行くときにも事前に定休日の下調べなど絶対しないので、行ったら閉まってたということはよくあります。インシャアッラーです。この後、Karajというテヘランから30kmくらい西にあるテヘラン大学林学部へ行きました。こちらのキャンパスでは外国人のチェックなどしていないので、メインキャンパスだけが特別扱いのようです。イランの木曜日は日本の土曜日に相当するので、先生は誰もいなかったのですが、大学院生がキャンパスを案内してくれました。大学のそばのレストランでみんなでいっしょにケバブを食べてからテヘランへ戻り、今度はお休み中のテヘラン大学の先生の自宅に押しかけました。イランでは、下手に気を遣って行かなかったりすると、「なぜ来ないんだ」ということになるので行った方がいいです。この日の夜はテヘラン郊外のトーチャール山へ行きました。日曜日に相当する金曜日の前日ということもあって、ここは深夜まで大賑わいでした。

| | コメント (0)

2008年8月15日 (金)

親切は世界を巡る

水曜日(2008年8月13日)は、テヘランにあるアーブギーネ博物館(ガラスと陶器博物館)とゴレスターン宮殿に行きました。その後、イラン料理では最もポピュラーなケバブを食べて、チャイハネでお茶をしてきました。この日の夜は、大阪大学に留学していたという先生のところへ連れて行かれて、日本語でいろいろ話を聞かせてもらい、とても親切にしてもらえました。大阪大学の先生がとてもいい人で留学生の面倒をよくみていたようで、その先生の親切が巡ってきているということみたいです。こういうことはこれまで何度も経験したので、日本に来ている外国人には親切にしておいた方がいいと思います。

| | コメント (0)

テヘランに着きました

火曜日(2008年8月12日)の夜にテヘランに着きました。驚いたことに空港のイミグレーションには誰一人係員がおらず、長い時間待たされてしまいました。しばらくして、係員がやってきてスムーズに通り抜けることができました。その後、ターンテーブルの荷物がなかなか出てこなくていらいらしていたのですが、最後の最後にスターアライアンスのプライオリティタグが付いた荷物が大量に出てきました。海外ではだいたいいつもこんなものです。空港にはテヘラン大学の卒業生が迎えに来てくれていて、結局この人の親戚の家に泊めてもらうことになり、実はその後もずっと居候状態です。これはとてもありがたいことなのですが、唯一の問題はいつも誰かとお話をしていなければならないので、メールを書いたりブログを書いたりといったことはなかなかできないのでした。

| | コメント (0)

2008年8月12日 (火)

これからイラン

トルコ航空のラウンジにはシャワーがあり、受付でタオル、石鹸、シャンプーなどをもらって使うことができました。イスラムの国とは思えないほどおいしいEFESビールはあるし、いまいちおいしくなかったですがワインもありました。とても快適な時間を過ごしていたのですが、そろそろ飛行機の出発なので搭乗ゲートに行かなければなりません。イランに着いたら携帯電話は音声のみだしインターネットはいまいち普及してない(しかも遅い)しでブログの更新は滞ると思います。日本語入力ができたり無線LANが使えたりノートパソコンを持ち込んで使えたりするインターネット屋も期待薄だろうなと思ってます。インターネットのない生活は本当につらいです。

| | コメント (0)

飲んだくれ

トルコ航空のラウンジでは特にやることもないの、朝6時から酒浸りになっています。こんなことでいいのだろうか?と思わなくもないですが、日本はもうお昼なので問題ないはずです!酒のつまみにサラダを取ってきたのですが、トマトが腐ってました。トルコもいろいろな意味で万全ではないです。

| | コメント (0)

トルコ航空のラウンジ

イスタンブールのアタチュルク空港です。ここには何度も来ていますが、トルコ航空のラウンジを使うのは初めてです。スターアライアンスのおかげで便利になりました。このラウンジは飲み物、食べ物ともに充実していて、かなり居心地がいいです。トルコ航空は中東、中央アジア、旧ソ連諸国への路線が充実していることもあり、このラウンジもいろいろな人が利用しています。乗り継ぎの待ち時間が9時間もあってやたらに長いので、ラウンジが使えてよかったです!

| | コメント (0)

2008年8月11日 (月)

関西空港です

これからトルコ航空の飛行機でテヘランに行きます。トルコ航空がスターアライアンスに加盟したので、関西空港のANAのラウンジが使えるようになりました。時代も変わったなあとしみじみ思っています。イランは危険だと思っている人も多いみたいですが、アメリカやヨーロッパの大都市に比べると安全なところだろうと思ってます。もちろん、いつ何が起こるのかは誰にもわかりませんが、イランという国の治安や安全性に関しては楽観的です。バングラデシュと同じでイランの人々はとても優しいので、何かあっても助けてもらえそうな気がしているのでした。

| | コメント (0)

2008年7月26日 (土)

ユヌス総裁を大発見

土曜日(2008年7月26日)はタイ航空の飛行機でバンコク経由で帰国だったのですが、ある大事件が起こりました。バンコクの空港に降り立ったとき、グラミン銀行のユヌス総裁が同じ飛行機に乗っていたことがわかったのです。写真を撮ろうとしたのですが、カメラの準備が全くできていなかったのでチャンスを逃してしまいました。こんなときにこんな偶然が起こるなんて奇跡だなあと思いました。

| | コメント (2)

サッポロ歯科大学

金曜日(2008年7月25日)は日本が援助を行っているバングラデシュの歯科医院を見学しました。この病院は北海道大学歯学部で学んだバングラデシュ人の歯科医師のグループが運営しており、その名も「サッポロ歯科大学」と言い、歯科医師の養成も行っています。ここでも歓迎式典が開催された後、ダッカ市内のスラム街で無料診療を行っている歯科医院の移動クリニックを見学しました。昼食後、2件のお土産屋、スーパーマーケット、オールドダッカという旧市街を訪れました。この日はとても暑かったので汗だくになってしまいました。大使館の人たちとの夕食の後、外交官のおねえさんが「みんなでうちに来ていっしょに飲みましょうよ~」と気さくに誘ってくれたので、行ってみることに。セキュリティのしっかりしたとても大きなマンションで、お手伝いさんもいるので、家事などもあまりしなくていいらしいです。外交官という格好いい職業の人たちがどんな人生を送っているのか興味があったので、いろいろなお話を聞けてよかったと思っています。これでバングラデシュでのスケジュールを終了したのですが、日本の大使館や援助関係者のあたたかいおもてなしに大感激でした。一生ものの経験ができたと思ってます。

| | コメント (0)

廃棄物処理場と夕食会

木曜日(2008年7月24日)はユナイテッド航空(United Airways)でダッカに戻りました。昼食後、ダッカの町中で行われているゴミの収集作業について見学した後、日本の援助で作られた広大な廃棄物処理場を訪れました。臭いが服にまで染みつくと事前に言われていたのですが、臭いがひどくて鼻で息をすることもできませんでした。日本の場合は焼却したものを処理場に捨てますが、ここではそのまま埋めてしまうため、日本の場合よりも20倍くらいの速度でゴミが積み上がっていくのだそうです。このゴミ処理場には、ゴミの中からプラスティックや空き瓶などを集めて生計を立てている人たちがいました。廃棄物処理場の片隅で野菜を作っている人たちもおり、こんな野菜を食べて健康上の問題が起きないのかと若干不安を感じてしまったのでした。

廃棄物処理場からいったんホテルに戻ってシャワーを浴びて着替えた後は、日本大使館で今回の視察についての意見交換会が開催されました。バングラデシュにおける日本の援助は全般的にとてもよかったと思いましたが、海外青年協力隊に対する疑問はぶつけておきました。この後は大使公邸での大使主催の夕食会でした。バングラデシュの大使公邸はとても豪華なところで、こんなものを日本の税金で作る必要があるのかと、援助よりもむしろこちらの方に疑問を感じていました。この夕食会では久しぶりに日本料理を食べて喜んでいたのですが、ここのお食事はタイ人のシェフが作っており、材料も月に一回バンコクまで買い出しに行くのだそうです。実は、ODA視察のグループごときを大使主催の夕食会に招くというのは他の国ではあまりないらしく、この点は大使に感謝しておこうと思ったのでした。

| | コメント (0)

農村インフラ整備とグラミン銀行

ODA視察のツアーは連日早朝から夜遅くまで続くかなりハードなもので、ブログの更新をする力も残っていませんでした。ホテルの部屋に戻ってベッドで横になったら、明かりも消さずドアのカギも閉めずに寝てしまったこともありました。水曜日(2008年7月23日)は農村インフラ整備計画の視察から始まりました。ここでは道路の補修や路肩への樹木の植栽に地元の貧しい女性を使うことにより貧困層の生活向上に役立てているとの説明がありました。これまで、先進国からの多額の資金援助が一般の人々に直接的な経済的恩恵をもたらしていないことに疑問を持っていたのですが、このようなプロジェクトがあるということを知ったのは大いなる収穫でした。次に、この計画の一環として作られた市場を訪れたのですが、おびただしい数の人たちに囲まれ熱烈に歓迎され、そして日本の援助に対して感謝されてしまったのでした。その次に、この計画の中で作られた役場を訪れたのですが、ここでもバングラデシュ人のホスピタリティに圧倒されるばかりでした。ただ、役場の建物というのは道路や市場に比べると日本の援助の必要性は低いのではないかと思われました。次に、ポリオワクチン接種の現場を訪れました。青年海外協力隊が行っている活動現場なのですが、このあたりから青年海外協力隊の活動には疑問を感じ始めました。これについては長くなるので別の機会に書きたいと思っています。昼食後の視察先は、なんと、あの、グラミン銀行の1号店でした。ここでグラミン銀行のシステムについて説明を受け、融資を受けに来ていた女性へのインタビューを行いました。グラミン銀行は貧困層の生活向上を目指すNGOからスタートしたものですが、今では巨大な銀行になっていました。もちろん、貧困層の支援は続けているものの、貸付額もマイクロクレジットというには大きなものになっており、収益を重視する普通の銀行になりつつあるという印象でした。これは組織が巨大化すれば仕方のないことなのかもしれませんが、借りたお金の金利がいくらなのかわかっていないような女性に融資をしているのはどうしたものかと思いました。

| | コメント (0)

2008年7月23日 (水)

コックスバザールです

バングラデシュの首都ダッカからユナイテッド航空(United Airways)でコックスバザールにやって来ました。ここでは最初に日本の資金援助で作られた気象レーダーを訪れました。バングラデシュはサイクロンの被害がとても多いのですが、このような気象レーダーがサイクロンの警報を出すのにも役に立っているとのことです。昼食後にサイクロンによる高潮から避難するためのサイクロンシェルターを訪れました。ここで大勢の子供たちの大歓迎を受けたのには驚きましたが、実はバングラデシュのサイクロンシェルターはふだん学校として活用されているのでした。ここでもまた先生や子供たちの熱い感謝の言葉に圧倒されてしまいました。日本の援助がバングラデシュでものすごく感謝されているのは間違いないと思います。

| | コメント (0)

2008年7月22日 (火)

ODAの現場視察

昨日はマイクロバスでODA現場の視察に向かいました。ダッカから現場までの道中、サイレンを鳴らした警察車両に先導されてVIPになった気分でした。大使館の車両がダッカの郊外へ出るときには必ず現地の警察がガードしてくれるのだとか。最初に訪れたのはジャムナ多目的橋です。バングラデシュはジャムナ川で東西を分断されているのですが、この川により西部からダッカのある東部への人や物質の輸送が著しく制限されていました。この橋により国の分断状況が改善されたわけですが、橋の建設のために住民が強制移転させられる問題も発生しました。そこで、移転させられた住民の村を訪れて、彼らの生活や経済状況についてインタビューをしたところ、「生活はこれまでより苦しくなったけど、橋ができたのはよかった」という答えが返ってきました。昼食後、クムディニ福祉財団という企業グループが運営するクムディニ病院を訪れました。ここはタダ同然で貧困層の患者さんの治療をしている病院で、日本のODAによって医療機材や発電機が供与されていました。日本の大使も出席した発電機の供与に関する感謝の式典では、クムディニ福祉財団の理事長などから日本に対する感謝の言葉が胸に突き刺さるほど強烈に伝わって来ました。夕食はダッカの韓国料理屋で青年海外協力隊の人たちとの懇談会を兼ねており、高校卒業後勤めていた会社を辞めてきたのに十分な成果を出せていないと悩むまじめな若いエンジニアの方とお話ができてよかったです。

| | コメント (0)

2008年7月21日 (月)

ダッカに着いた

バンコクからタイ航空でバングラデシュの首都ダッカにやって来ました。ダッカの空港には日本大使館の人が迎えに来ていて、税関も素通りですごかったです。その後、マイクロバスに乗って日本大使館へ行き、バングラデシュや日本の援助に関する説明を受けた後、大使を表敬訪問しました。この大使の態度が海のようにでかいのには驚いてしまいましたが、これが別に悪いことだとは思っていません。むしろ、大使の仕事はおもしろそうなので、ぜひともどこかの国の大使になりたいと思ったくらいです。(どうやったらなれるんでしょうか?)その後の夕食はベンガル料理のレストランでNGOの人たちを交えての会食で、バングラデシュの援助の現場で働いている人の声が聞けて有意義なものでした。このODA視察ツアーですが、早くも最高におもしろいという結論に達しつつあります。発展途上国の援助に興味のある人は、ぜひとも応募してみて下さい。

| | コメント (0)

2008年7月20日 (日)

バンコクで一泊

バングラデシュのダッカまでタイ航空で行ったのですが、乗り継ぎのためバンコクの空港そばのホテルに泊まりました。こんなところまで来ておいてカオサンにも行かずにバンコクを離れるのはもったいなかったです。年内に必ずバンコクを再訪したいと思っています。

| | コメント (0)

2008年7月19日 (土)

ホリデイ・イン東武成田

ホリデイ・イン東武成田というホテルに泊まりました。バングラデシュのODA視察のメンバーはここに前泊すまることが義務づけられているのです。ここ数年泊まったことのないような豪華なホテルでしたが、先週はものすごく忙しかったのでこういうのは勘弁して欲しいと思ってます。遅刻したり飛行機に乗り遅れたりする人がいるとたいへんなので、主催者側の都合を考えればこうする以外にないとは思いますけどね。

| | コメント (0)

2008年7月18日 (金)

新幹線は嫌い

バングラデシュに行くために成田空港に向かっています。いつもなら当然飛行機で行くのですが、今回は新幹線で行くことが指定されており、重い荷物を持って叡山電車-京阪電車-JR奈良線-東海道新幹線-成田エクスプレスというたいへんな乗り換えをしなければなりません。今ようやく品川駅に着いたのですが、駅にエアコンが効いてなくて暑くてぐったりしています。駅員さんに「エアコンの効いた待合室はありませんか?」とお尋ねしたら、「ありません」とあっさり言われてしまいました。「この先に喫茶店があります」と案内してくれましたが、お金は使いたくないです(貧乏なので)。どこかに座ろうにも椅子も見当たらないし、ろくでもない駅でした。新幹線には金輪際乗りたくないと思っていますが、帰りも乗らなくてはならないんですよね。

| | コメント (0)

2008年7月 1日 (火)

荷物に再会

飛行機が成田空港に到着したら、機内アナウンスで呼び出され、ロスバケの荷物が届いていると言われてしまいました。もう二度と会えないかもと思っていた荷物に再会できて喜んでいます。カギをかけている荷物だけ先に到着しても、税関を通過できなかったらどうなるのだろうかと思っていたのですが、そういう問題は起こらないようになっているようです。

| | コメント (0)

JAL001便

サンフランシスコから成田行きのJALの便名はJL001でした。この便名から想像できるように、この路線はJALの初の国際線だったようです。今とは違って飛行機でアメリカに行くなんて夢のような時代だったんでしょうね。

| | コメント (0)

アップグレードです

JALのサクララウンジで心からくつろいでいたら、アナウンスで呼び出されビジネスクラスにアップグレードしてもらえました。エコノミークラスがいっぱいらしいのですが、こういうことはめったにないのでとてもラッキーでした。今年は「JGC+SAPPHIRE」なので選ばれたんだろうと思います。

| | コメント (0)

日本に帰国です

サンフランシスコ国際空港のサクララウンジにいます。15回目のアメリカ旅行を終えて、これから日本に帰国です。これまでANAやユナイテッドだったので、JALのラウンジを使うのは初めてなのですが、日本の新聞、無料の無線LAN、おにぎりがあってとても快適です。ユナイテッドのレッドカーペットクラブとは大違いだと思っています。

今回の旅行ではなつかしいデービスやサンフランシスコを訪れることができてとても幸せでした。日本にいると身の回りの細々としたことをやっているうちにあっという間に時間が過ぎてしまいますが、海外旅行をすると同じ日数でも生涯忘れられない意味のある時間を過ごすことができます。

アメリカに対してはあまりいい感情を抱いていない人も多いと思いますが、個人的にはとてもいい国だと思っています。何よりも素晴らしいのはいろいろな国の様々な文化を背景に持って人たちが共存していることです。多民族が共存するためには、合理性に基づく社会制度を作り上げていくしかありませんが、この点は日本と大いに異なることです。日本でいちばん嫌なことは、日本社会の暗黙の了解を守らなければならないことであり、そうでない人を疑いもなく「非常識」と決めつけることです。

日本のとある町で日曜日に溝掃除を住民みんなでやるという話を聞いて、心の底から馬鹿だと思いました。こういう行事に参加しないと、たぶんその町には住みにくくなるのだろうと容易に想像できますが、それならいったい何のために私たちは税金を払っているのでしょうか?溝掃除に参加しないと村八分にされそうな、和をもって尊しとする日本社会は全く好きになれないのでした。

| | コメント (0)

2008年6月30日 (月)

サンフランシスコは寒い

レンタカーをリッチモンドの無料駐車場に止めて、BARTでサンフランシスコにやって来ました。デービスはとても暑かったのですが、サンフランシスコは一転して凍えそうな寒さです。サンフランシスコは真夏でもこんな感じなので避暑にはよいと思います。

| | コメント (0)

2008年6月29日 (日)

運転免許証が便利

カリフォルニアの運転免許証が便利です。チャールストンのコンビニでビールを買ったときもデービスのバーへ行ったときも、これのおかげでとてもスムーズでした。こんなところでパスポートは出したくないです。有効期限は2010年の誕生日までなのですが、これが切れるとアメリカ旅行はとても面倒になります。この運転免許証をなんとかして更新したいと切実に思っています。

| | コメント (2)

2008年6月28日 (土)

クレジットカードを止められた

デービスのECONOLODGEにチェックインするときにJALカードを出したのですが、なんと、使えなくなっていました。クレジットカードの不正使用を防止するために、カード会社がコンピューターで監視していて、いつもと利用パターンが異なると自動的にロックを掛けるのが一般的になっています。しかし、モーテルやレンタカーなどでしか使っていないのにロックを掛けるとはいくらなんでもやり過ぎだと思いました。ECONOLODGEになんと日本語で電話が掛かってきて、本人確認のプロセスを経てロックが解除されました。結局、このECONOLODGEでJALカードを使うのはやめてセゾンAMEXで払いました。いつこのようなことが起こるかわからないので、海外旅行には複数のクレジットカードを持って行くことをお勧めします。

| | コメント (0)

時差ぼけでますますふらふら

昨晩サンフランシスコに到着して、ロスバケの手続きをするまではスムーズだったのですが、問題はレンタカーでした。いつものBudgetなのですが、ものすごい行列ができていて、車を借りるまでに1時間も並ばされました。Hertzとかだったらスムーズなのですが、Budgetはものすごく安いのでいつもこれになってしまいます。Budgetが安かろう悪かろうであることは十分認識しているのですが、貧乏なので仕方がないです。結局モーテルにチェックインしたのは朝の4時でした。東海岸だと朝の7時なので、まるまる27時間寝ていないことになります。体はふらふらなのですが、不思議と目はさえていました。もはや、時差ぼけなんだかそうでないのかわからないほど時差ぼけになっていることは明らかです。その後、4時間だけ寝て朝目が覚めました。いったいいつになったら、ぐっすり寝られるんでしょうね。

| | コメント (0)

届かなかった荷物の行方

届かなかった荷物の追跡番号をもらっていたのですが、インターネットで調べると早くもサンフランシスコ国際空港に到着していました。こんなことなら、空港で受け取ることにしておけばよかったと思わなくもありません。この荷物はこれから日本まで運ばれることになるでしょう。今日はウォルマートで日用品の買い物です。

| | コメント (2)

2008年6月27日 (金)

サンフランシスコに着いたけど

サンフランシスコに着きましたが、荷物は案の定届いていませんでした。今日以降泊まるホテルも決めていないので、荷物は日本の住所へ送ってもらうことにしておきました。そういうわけで、これから先着替えも何もありません。ウォルマートで明日調達したいと思っています。夏のサンフランシスコはものすごく寒いのですが、防寒着もなく凍えそうです。

| | コメント (0)

アトランタは大混雑

アトランタの空港は大混雑です。ホリデーシーズンが近づいていることもあり、飛行機で移動する人が増えているのかもしれません。アメリカの東海岸からサンフランシスコへの道のりは果てしなく遠いです。

| | コメント (0)

アトランタです

振り替え便が大幅に遅れるというアナウンスがあったので、カウンターにダッシュしました。シンシナティでは乗り継ぎができなくなったので、今度はデルタのアトランタ行きに振り替えてもらいました。デルタに乗ったのは初めてだったのですが、特にいいことは何もありませんでした。アトランタの空港に着地したらすぐに電子機器の使用可のアナウンスがあったので、お言葉に甘えて機内で携帯を使いまくっています。

| | コメント (0)

また遅れ

ユナイテッドが用意した振替便はデルタのシンシナティ経由なのですが、このフライトも大幅に遅れるらしく、サンフランシスコへの乗り継ぎが危うくなってきました。シンシナティで乗り継ぎに間に合ったとしても、チェックインした荷物は間に合わないでしょう。やはり、必要な持ち物を預けてはいけないですね。

| | コメント (0)

女の涙

チャールストン空港の出発ロビーでやることもなく退屈しています。目の前の飛行機のゲートが閉まった直後に大学生風の女性が駆け込んで来ました。どうやら飛行機に乗り遅れてしまったようで、航空会社の係員に目に涙を浮かべて訴えていました。その涙が奏功したのか、すぐさま振替便を用意してもらえていました。このような親切な対応をしていた航空会社がどこかといえばエアトランです。それにしても美しい涙だったと思います。

| | コメント (0)

2008年6月26日 (木)

飛行機が飛びませんでした

チャールストンからワシントンDC経由でサンフランシスコに行くことになっていたのですが、ワシントンDC行きの飛行機が故障で飛ばないことになりました。別の便に振り替えてはもらえましたが、何もないチャールストンの空港で8時間も待たなければなりません。食事券(meal voucher)くらいもらえるのかと思ってましたが、返ってきた答えは「not any more」でした。このような最低の対応をしているのがどこの航空会社なのかと言えばユナイテッドです。こういうときは日本の航空会社のありがたみが身にしみます。

| | コメント (0)

2008年6月24日 (火)

時差ボケがたいへん

アメリカに来ると毎度のことなのですが、時差ボケで苦しんでいます。アメリカの東海岸は日本と昼夜逆転なので、本当につらいです。到着初日に頑張って夜10時まで起きていて、このまま朝まで寝れば理論的には万全だと思ったのですが、夜2時に目が覚めて寝られなくなり最悪でした。

| | コメント (2)

2008年6月23日 (月)

what kind of business

シカゴの入国審査場で前の日本人が手間取っていていらいらしてしまいました。What kind of business?とゆっくり尋ねられているのに質問の意味がわからないみたいなのです。そうなると、日本語が話せる係員が呼ばれて、通訳付きでしばらく質問が続くのでした。こんな人がアメリカに何の仕事で来ているのか、入国審査官でなくとも興味深いです。

| | コメント (0)

シカゴに着いた

JALの飛行機に乗ってシカゴにやって来ました。成田空港のJALのラウンジは感動的に素晴らしかったのですが、機内食は相変わらずどうしようもないものでした。JALはエコノミークラスの機内食だけは頑なに改善する気がないようです。シカゴのレッドカーペットクラブも、いかにもアメリカ的な救いようもないラウンジです。それでも、アメリカに入国できて、今はちょっとばかり気持ちが高揚しています。東南アジアとは違うアメリカ独特の緩い雰囲気が心地よいです。

| | コメント (0)

2008年5月 5日 (月)

福岡に着いた

シンガポール航空の飛行機で福岡空港に到着です。GW終盤というのに、お客さんはほとんどおらず、がらがらのフライトでした。福岡空港ではテレビカメラが来ていて、「GWを海外で過ごした人の帰国ラッシュが始まっています」みたいなのを撮っていました。といっても、福岡はど田舎なのでお客さんもまばらで、これで「帰国ラッシュ」になるのかとても疑問です。福岡では南京虫の着いた服類を洗おうと思っていたのですが、これを家で洗うのはやはり嫌がられて、コインランドリーに持って行くことになりました。強力な乾燥機で南京虫が死滅してくれることを願っています。

| | コメント (0)

2008年5月 4日 (日)

すごい格好

これから日本に帰国するというのに、Tシャツ、短パン、サンダルというすごい格好をしています。というのも、持ってきた服もズボンも靴もすべてバンコクで南京虫に汚染されてしまったので、これらをシンガポールで封印することにして、新たに上記のものを購入したからです。次回は南京虫のいないまっとうなホテルに泊まりたいと思って(希望して)います。

| | コメント (0)

飛行機に乗るのが嫌になるラウンジ

チャンギ国際空港の新しいターミナル3を初めて利用したのですが、ホテルのロビーのような美しいところで大感激でした。日本にもこんな空港があったらよいのにと思ってしまいます。シンガポール航空のラウンジもますますグレードアップしていて、高級ホテル並の食事を取ることができます。巨大なビアジョッキまであってタイガービールを浴びるほど飲むことも可能です。もちろん無線LANも使えて快適です。ここは飛行機に乗るのが嫌になってしまうラウンジだなと思いました。これから福岡行きの飛行機に乗ります。

| | コメント (0)

動物園に行った

シンガポールのナイトサファリは期待を裏切ってくれてがっかりでしたが、今日はナイトサファリのお隣にある動物園に行ってきました。こちらは多大な期待をしていなかったこともあって、予想以上によかったです。この動物園の特徴は動物の檻がないことで、これでは動物が抜けだすんじゃないの?と思われることもありました。実際、人やトラムカーの往来の多い道路を巨大なクジャクが歩いていたりして驚きました。ゾウやアシカのショーもおもしろかったです。ねこいないかな~と思って探してみたら、ベンガルヤマネコがいて大喜びでした。この動物園はシンガポールでいちばんおもしろい観光地だと思います。

| | コメント (0)

白人とわかりあえるか?

アメリカにいたときに、白人とアジア人は精神構造が全く違う、心から打ち解けてお友達にはなれない壁があると感じていました。今泊まっているのは欧米人バックパッカーの多いシンガポールの安宿(大部屋で相部屋)です。バンコクでは日本人宿だったので、ここはだいぶん勝手が違います。いちばん大きな違いは、白人は日本人ほど周囲に気を使わないということです。白人の男女がバルコニーに出てなにやら語らっています。声が大きいくらいは許せるのですが、バルコニーへ通じるドアを全開にして閉めないので、大部屋のエアコンが全然効きません。ドアの近くの人に閉めてくれないかとお願いしたら、バルコニーに人がいるからと言って閉めようとしません。バルコニーの二人にエアコンが効かないから閉めるよと言って強制的にドアを閉めました。そしたら、最初のドアのそばの人に「Cool!」(すごいしゃれ)と言われてしまったのでした。だいたい、こんな猛暑の夜にバルコニーで語らうこと自体、アジア人は絶対にしないでしょう。(少なくともタイ人はしません。)日本人ならたとえバルコニーに出たとしても、外側からドアを閉めるくらいの気配りはするはずです。白人は精神構造が違うというもう一つの事例は、トイレを使った後に流さないというのがあります。要するに、次の人のことまでは考えてないということですね。バンコクの日本人宿では夜中の3時に目が覚めたらまだ部屋の電気がついていたというのがありました。日本人は周囲に気を使い過ぎて誰も自ら部屋の電気を消そうとしないのです。誰もが我慢してうとうとしているうちに、同部屋の全員が寝てしまったのでした。細かいことまで神経質な日本人は嫌いなのですが、それでも本当に心からわかりあえるのは日本人同士だけではないのかと思うことも多いです。

| | コメント (0)

シンガポールで食べる

シンガポールは食べることにかけてはとても充実しています。この国には人口あたりで世界一ではなかろうかと思うほど飲食店がたくさんあって質も高いです。飲食店同士の競争が激しいせいか、値段も比較的安いと思います。

| | コメント (0)

2008年5月 3日 (土)

シンガポールとマレーシアの国境

シンガポールとマレーシアの国境を比較したとき、スムーズに越えられるのは意外にもマレーシアの方でした。それはなぜでしょうか?コーズウェイを通って両国間をバスで移動しているのはマレーシア人がかなり多いようです。シンガポールの出入国審査ではマレーシア人は比較的時間を要しており、日本人もその行列に巻き込まれるためスムーズにシンガポールの国境を越えることができません。逆にマレーシアの国境ではシンガポール人の数が少ないため、日本人もスムーズに国境を越えることができます。その上、マレーシアの入国にはカードの記入がなく、シンガポールよりマレーシアの方が圧倒的にスムーズなのでした。

| | コメント (0)

ジョホールバルです

ジョホールバルにやってきましたが、おもしろいものは何もありません。シンガポールよりも物価が安いのはうれしいですが、ビールは全然安くなくがっかりでした。特にやることがないので、インド系マレーシア人のお店でインド系のマレー料理を食べたのですが、これがものすごくおいしくて喜んでいます。血糖値が急上昇しそうなコピスス(ミルクティー)まで飲んでしましました。

| | コメント (0)

長蛇の列

日帰りでマレーシアのジョホールバルに行こうとバスで国境に来ているのですが、パスポートコントロールには長蛇の列ができています。シンガポールとマレーシアの間はお手軽に往復できそうだと思っていたのですが、必ずしもそうではなさそうです。

| | コメント (0)

物価が高い

シンガポール到着時の所持金はわずか6000円しかなかったのですが、そのうち5000円をシンガポールドルに両替しました。クレジットカードでなんとかやりくりしていますが、シンガポールは物価が高く、貧乏人の来るところではないです。今日は日帰りでマレーシアのジョホールバルへ行くつもりです。マレーシアのリンギットは大量に在庫があるのでした。

| | コメント (0)

まだまだかゆい

タイでは足を中心に50ヶ所くらい虫に刺されていたのですが、どうも虫が服や靴にくっついて来たみたいで、シンガポールに来てから、さらに50ヶ所くらい刺されました。しかも、それが全身に広がり始めているのだからたいへんです。日本から持ってきていたムヒがなくなったので、ドラッグストアでいちばん安い薬を買ったのですが全然効きませんでした。今日はいちばん高い薬を買ってこようと思ってます。

| | コメント (0)

つまらないナイトサファリ

これまでシンガポールの空港には乗り継ぎでたびたび来ていたのに、空港からあまり出なかったのはシンガポールがおもしろくないからです。昔セントーサ島というところに行ってあまりのばかばかしさにシンガポールに興味を失ってしまったのでした。しかし、シンガポールのことを理解する努力も必要だと思って今回久しぶりにやって来ました。ナイトサファリに興味があったので早速行ってみたのですが、やはりとてもつまらないものでした。ナイトサファリなんて言葉だけで、実はライトアップした夜の動物園をトラムカーに乗って眺めるだけというような内容でした。このナイトサファリのばかばかしさの度合いはセントーサ島といい勝負でしょう。シンガポール人の生み出すものはフェイクばかりでがっかりです。ちなみに、シンガポール航空の半券があるとナイトサファリの入場料が割引になるので、シンガポール航空をお使いの場合は忘れずに持って行きましょう。

| | コメント (0)

ez-linkが生きていた

シンガポールのSuicaとも言えるez-linkですが、2003年に買ったものがまだ生きていました。券売機でチャージしたら、有効期限切れで消滅したと思っていたクレジットが残っていたのです。生きていればいいこともありますね。

| | コメント (0)

快適なシンガポール航空

バンコクからシンガポールまではとても快適な空の旅でした。何がよかったのかと言えばとにかく機内食です。エコノミークラスとは思えないおいしさでした。よくなかったことと言えば、ヘッドホンの片方から音が出なかったことで、これはシンガポール航空には昔から非常に多い不具合です。クリスワールドはどうせつまらないので、どうでもよかったんですけどね。あと、飛行機を降りるときに機内に「地球の歩き方 シンガポール」を忘れて来るという痛恨の失敗をしてしまいました。シンガポールは初めてではないので何とかなるだろうとは思ってます。

| | コメント (0)

2008年5月 2日 (金)

レッツノートはモテる

タイ航空のラウンジでレッツノート(R)を使っていたら、これは何というパソコンなのかとファランのおじさんに尋ねられました。この質問を海外の空港ラウンジでもう3回もされています。このパソコンはよほどカッコいいのでしょう。

| | コメント (0)

とてもかゆい

バンコクの日本人宿で南京虫に刺されて体のあちこちがかゆいです。安宿に泊まると避けては通れない試練です。いつもは長袖の服と長ズボンで寝るのですが、昨夜は油断してしまいました。

| | コメント (0)

ピンクのシャツ

タイでとてもよく見かける色は黄色とピンクです。黄色はプミポン国王の色です。タイには曜日ごとに色がありますが、国王は月曜日に生まれたので月曜日の色である黄色が国王の色になりました。月曜日のバンコクは黄色のシャツで溢れかえります。近頃ピンクのシャツもやたらにたくさん見かけるのですが、昨年国王が病院を退院したときにピンクのシャツを着ていたため、タイでこれを着るのが爆発的にはやっているそうです。もちろん、単なる流行ではなくピンクには国王の健康を祈る意味があるのだそうです。ちなみに、チュラロンコーン大学のスクールカラーもピンクです。

| | コメント (0)

タイスキを食べた

バンコクのおともだちとMKでタイスキを食べました。京都でMKと言えばタクシーですが、タイではタイスキのチェーン店です。辛いタレにつけて(タレをかけて)食べる以外は、日本のお鍋と同じ雰囲気でした。とてもおいしかったと思います。明日はバンコクを離れてシンガポールへ向かいます。

| | コメント (0)

2008年5月 1日 (木)

N95のお値段

バンコクのMBKでNOKIA N95は12,000バーツ、N95 8GBは17,000バーツくらいでした。それぞれ4万円、5.7万円ということになります。こんなに安いと思わず買ってしまいそうです。

| | コメント (0)

QB HOUSE

バンコクのホアランポーン駅にQB HOUSEという日本の床屋がありました。60バーツと日本よりも安かったので、ここで髪を切ってみました。妙な髪型になってしまいましたが、髪型にこだわりはないので安ければいいと思ってます。

| | コメント (0)

タイの足裏マッサージ

タイでは足裏マッサージは200バーツくらいと安いのですが、素人っぽいおねえさんとかおばさんがやっているマッサージ屋は全く効果がありません。足裏マッサージは台湾が絶対的にいいと思ってます。タイは全然だめです。

| | コメント (0)

2008年4月30日 (水)

バンコクに到着

ドンムアン駅を過ぎたあたりから列車はのろのろ運転になりましたが、ホアランポーン駅には1時間遅れで無事到着しました。駅のそばのいきつけの店で晩ご飯を食べて、53番(右回り)のバスでカオサンに戻ってきました。今日は一日中列車に乗っているだけでした。明日はバンコクでのんびり過ごそうと思ってます。

| | コメント (0)

車内販売でぼられた

列車に乗っているとおびただしい頻度で車内販売がやってきます。あの人たちは切符を買ってるんだろうかと疑問に思うのですが、たぶん買ってはいないでしょう。ビアチャンの缶ビールをおばさんから買ったら45バーツでした。高いと思ったのですが、車内販売はたいへんなのでそんなものかと思ってました。しばらくして、また喉が乾いたのでビアチャンの缶ビールを買ったところ30バーツでした。たぶん、最初の45バーツというのはぼられたんだと思います。とても悔しいです。その後、小さな女の子からゆで卵を買いました。20バーツを渡したら10バーツのおつりが来ました。こんなに小さいのにもう引き算ができるなんてえらいなと思ったのでした。

| | コメント (0)

タイはどんな国?

タイはどんな国なのかと言えば、おそらく「すべてを優しく包み込む国」ではなかろうかと思いました。なぜか?この国には先住のタイ人以外にたくさんの中華系民族が住んでいますが、両者の間には目立った対立がありません。これは驚くべきことだと思っています。例えば、インドネシアでは両者の対立は社会を二分するほど先鋭化しています。マレーシアには先住のマレー人を優遇するブミプトラ政策があり、これが多民族社会である同国の安定を揺るがし始めています。タイでは(南部国境を除いて)目立った民族対立は起こっていないように見えます。ここでは人も犬も牛も象も鶏もファランも日本人もレディーボーイも社会の中で不思議な調和を醸し出していると感じました。ただ、最近は不法就労のミャンマー人が増えていることにさすがのタイ人も反感を強めているようです。これは両国の歴史的な対立も影響しているのではないかと思っています。

| | コメント (0)

ゾウのえさ

昨日ウボンの町中を歩いていたら、またゾウが歩いていました。ゾウのえさを売っている子供が近づいてきて「20バーツ」ということだったので買ってあげました。ゾウのえさはサトウキビのスティック数本でした。それをゾウの前に差し出すと、鼻でつかんで口に運ぶのですからおもしろいです。それにしても、ゾウのエサ代は浮くわ金は入るわといい商売だなと思いました。

| | コメント (0)

趣味の違い

ウボン・ラチャタニーの駅でもファランとイサーン娘のカップルを何組も見かけました。バンコクでも同様ですが、ファランはたいてい色の黒い猿みたいな顔をしたタイ娘を連れています。タイにおいてファランと日本人の間でとてもうまく住み分けができているのは、おそらくこの趣味の違いによるものだろうと思ってます。

| | コメント (0)

バンコクへ帰る

朝7時の列車でバンコクへ戻るべく、早起きしてトゥクトゥクで駅に来ました。トゥクトゥクは50バーツでした。それにしても、ウボン・ラチャタニーでは全く英語が通じず、昨日チャーターした車の運転手もこのトゥクトゥクの運転手も全くだめでした。タイではやはりタイ語を話したいものです。さて、駅では簡単に切符が手に入ったのですが、列車は1時間遅れるとのことでした。バンコクまでは11時間40分の旅になります。あまりにだるかったら、アユタヤあたりで降りようと思ってます。

| | コメント (0)

カオ・プラ・ウィハーン遺跡

昨日はカンボジア国境にあるカオ・プラ・ウィハーン遺跡に行ってきました。ここはアンコールワットよりも古いクメール遺跡なのですが、カンボジア内戦中の地雷がたくさん残っていたので近年まで公開されていなかったところです。この遺跡へ行く公共交通機関はないので、ウボンで車をチャーターしました。1600バーツでした。もっと安くなりそうでしたが、最近はガソリンが高いと泣きそうな顔をしていたので許してあげました。この遺跡の一帯は国立公園となっており、ゲートで200バーツの入園料を払います。ドライバーの料金は必要ないみたいでした。その後、ビジターセンター、食堂、おみやげ物屋が立ち並ぶところで車を止め、そこからは徒歩で遺跡に向かいます。途中タイの森林局の事務所があり、なぜか5バーツを払います。この後、タイとカンボジアの国境があるのですが、パスポートを見せずに通過できました。ここで知ったのですが、なんと、遺跡はカンボジア領内にあったのです。カンボジア側では遺跡の入場料を200バーツ取られます。その後、カンボジア人の経営する商店街を過ぎてようやく遺跡に着きました。ここでは悠久の時間の流れを感じながら、のんびりと過ごすことができました。

| | コメント (0)

いろいろな人生

イサーン地方では外国人観光客をあまり見かけませんが、ここに住み着くファラン(欧米人)は多いのだそうです。彼らはしばしばイサーン娘と結婚し、本国から全財産を持ってきてイサーンに家を建てて住み着いています。毎朝にわとりの鳴き声で目を覚まし、心優しい田舎の人たちに囲まれて暮らすのはとても幸せなのではないかと思っています。

| | コメント (0)

ラチャタニーホテル

ウボン・ラチャタニーではラチャタニーホテルというところに泊まっているのですが、無線LANが無料で使えてとてもいいところです。こんなにいいところなのにお客さんが全然いないというのが不思議です。ウボン・ラチャタニーにはタイではどこでも見かける日本人旅行者やファランのバックパッカーが皆無です。ただ、イサーン娘と結婚して住み着いていると見られるファランの姿をちらほら見かけます。

| | コメント (0)

2008年4月28日 (月)

氷とストロー

タイのビールは基本的に冷えているのですが、レストランの店員さんは頑なに氷を入れてきます。ただでさえあっさりしたタイのビールがさらに水っぽくなるような気がするんですけどね。これと同様に、ジュースなどを買うと店員さんが頑なにストローをつけてくれますが、いつもいらないのにと思ってます。ビールにストローがついてくることもしばしばです。

| | コメント (0)

メガネのねじ事件

メガネのフレームのねじが外れてしまったので締めようとしたのですが、ドライバーがないと無理そうです。町を歩き回って、やっとのことで精密ドライバーを売っている店を発見しました。40バーツでした。ホテルに戻ってねじを取り付けようとしていたらうっかり床に落としてしまいました。床に這いつくばって1時間くらい探したのですが、結局ねじは見つかりませんでした。そこでコンビニでセロテープを買ってきて、レンズをべたべたと貼り付けました。セロテープは8バーツでした。その後なんとホテルのそばにメガネ屋があるのを発見し、たったの3分で直してくれました。50バーツでした。最初からメガネ屋を探せばよかったと思っています。

| | コメント (0)

両替はたいへん

ウボン・ラチャタニーで日本円を両替しようとしたのですが、銀行がなかなか見つかりませんでした。やっとのことでTMBという銀行を見つけて日本円の両替を試みたのですが、パスポートをコピーされたりホテルの名前をきかれたりと手続きが煩雑で、とても長い時間がかかってしまいました。窓口のおねえさんが「これはどこの国のお金?」と同僚に質問しているくらいですからたいへんです。レートはバンコクと同じだったのでよかったのですが、両替は地方に行く前にバンコクの両替所でやっておくべきだと思いました。ATMはあちこちにあるのでカードを使ってもいいのですが、過去にお金が出てこなかったのに引き落とされたこともあり、あまり信用はならないです。実は、昨日バンコクのホアランポーン駅のATMを使ったのですが、お金は出てきたもののカードが戻ってきませんでした。キーボードをがんがん叩きまくったら出てきたのですが、あれはかなりやばかったです。カードでお金を引き出すのは有人店舗のATMで店舗の営業時間内にすることをお勧めします。

| | コメント (0)

ゾウがいた

ウボン・ラチャタニーの町中をゾウが歩いていました。ゾウのえさを売っているおじさんが近づいてきて、50バーツと言われたのですが、いくらなんでも高過ぎです。15バーツの間違えではと思うのですが、結局買わなかったので真偽のほどはわかりません。

| | コメント (0)

ウボン・ラチャタニーに着いた

夜行列車に乗ってウボン・ラチャタニーに着きました。目が覚めると車窓には田園が広がり、水牛もたくさん見えました。ウボン・ラチャタニーの駅からソンテウに乗って町の中心へ行きました。どこで降りていいのかわからないので、みんなといっしょに降りてみたら、目の前がホテルでラッキーでした。しかし、このホテルの受付では高い部屋しか提示してこず、こんなのいらないと言ったらようやくエアコンのない安い部屋が出てきました。荷物を運ぼうとするボーイから部屋のカギを取りあげて、今ようやくベッドで横になっています。今日はだるいのでどこにも行きたくない気分です。

| | コメント (0)

タイのレディボーイ

タイにはレディーボーイと言われる人がものすごくたくさんいます。彼らはびっくりするほどきれいで、どうみても男には見えません。タイのおともだちによれば、タイの現政権はレディボーイを支援する政策を打ち出しており、公衆トイレを「男」「女」「レディーボーイ」という3区分にするつもりなのだとか。本当なんでしょうかね?ちなみに、レディーボーイはチュラロンコーン大学にもたくさんいて、バンコクのシーロム界隈に特に多いそうです。

| | コメント (0)

2008年4月27日 (日)

列車の切符を買った

バンコクのホアランポーン駅でウボン・ラチャタニーへ行く寝台列車の切符を買いました。この駅で切符を買うのは簡単です。「INFORMATION」に行くと英語を話せる人がいて、行き先の路線の英語の時刻表までもらえます。切符売場の窓口のおじさんも必要最小限の英語を話すので、切符はあっさり手に入りました。ウボン・ラチャタニーはタイの中でも最も貧しいイサーン地方の都市で、ラオスとカンボジアの国境がすぐそばにあります。タイではバンコク、チェンマイ、プーケットしか行ったことがないのですが、今後は地方を開拓しようと思っているのでした。

| |