2008年8月11日 (月)

バングラデシュのジュート

バングラデシュでは車窓からしばしば背の高い植物が見えていましたが、これが同国を代表する商品作物であるジュートなのだそうです。「バングラデシュを知るための60章」(明石書店、大橋正明・村山真弓編著)という本には、この地域のジュートについて以下のように書かれています。

原産地がインド東部、中国南部とされるジュートの栽培が19世紀後半に東ベンガルで急速に拡大した。この理由として、熱帯の作物に適した自然条件に加え、稲に支えられた豊富な労働力、麻から繊維を取り出す際に必要な大量の水、水運で結ばれた商業流通のネットワークの存在が指摘できる。稲作より有利な価格が続き、ジュート原料および製品(麻布)び需要が拡大し、ベンガル産ジュートは世界市場を独占した。

残念ながら、現在では化学繊維などに代替されて、ジュートの需要は激減しているそうです。その一方で、バングラデシュのジュートを使ったバッグなどの製品が、フェアトレードの商品として日本でもたくさん販売されています。ご興味のある方は「バングラデシュ」「ジュート」といったキーワードで検索してみて下さい。

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写真-1 バングラデシュのジュート畑です。

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ダッカのスラム街

バングラデシュではダッカのスラムを訪れたのですが、治安が悪いわけではなく、人々の表情に悲壮感が漂っているわけでもなく、キャンプをしているみたいでここの暮らしも楽しそうだなあと思いました。実際、ダッカに大勢いる路上生活者に比べると、スラムの暮らしはだいぶんましなのだそうです。とはいえ、いつ立ち退きを迫られるかわからないという不安は抱えているということでした。ここではスラムを巡回している移動歯科クリニックを見学していたのですが、時間が余分にあったので、スラムの中にある商店でお菓子をたくさん買い込んで子供たちに配りました。こんなことでも小さな貢献にはなったと思います。

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写真-1 池(水たまり?)の周囲に広がるスラム

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写真-2 スラムの路地

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写真-3 スラムの商店

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写真-4 洗濯場でしょうか?

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写真-5 スラムにゲーセンが!スラムの生活は意外に楽しそうです。

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ナンバープレートの謎

バングラデシュで不思議に思ったのは、バスのナンバープレートの数字(lincense number)が手書きであることです。これなら好きな数字が書けますよね。こんなんでいいのでしょうかね?謎!

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写真-1 バングラデシュのバスです。

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写真-2 どう見ても手書きなんですが...。

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2008年8月10日 (日)

相対的な幸せ

バングラデシュの首都ダッカの路上には物乞いやゴミ拾いで生計を立てているような貧しい人がたくさんいます。そういう人たちが道端で料理を作っていたので、どんなものを食べているのか見せてもらったのですが、あまりおいしそうではありませんでした。今日も99円ショップで買ってきた薄っぺらい餃子を食べているのですが、こんなにまともな食べ物が食べられる日本人はたとえ貧乏でも恵まれていると思いました。幸せとはやはり相対的なものなのだと思っています。

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写真-1 何やら道端でお料理中です。

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写真-2 ふたを開けてもらったらこんな食べ物でした。

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2008年8月 9日 (土)

海外安全ホームページ

外務省の海外安全ホームページでは、バングラデシュ全土に「渡航の是非を検討してください。」という強い警告が出ています。ところが、バングラデシュでは誰にきいても「今はきわめて安全な状況」というお答えでした。海外安全ホームページの出す危険度は日本の旅行者や旅行業界に大きな影響力を持っているので、このような不正確な情報を出すと日本とバングラデシュの両国民にとってたいへん迷惑です。バングラデシュの「渡航の是非を検討してください。」は今すぐ「食べ物に十分注意して下さい。」に変更した方がいいと思います。

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KACツーリストが閉鎖?

北朝鮮ツアーを主催していたKACツーリストのホームページが消えたので、どうなったんだろうと調べていたのですが、7月に閉鎖になったという情報が流れています。理由はわかりませんが、お客さんが少なすぎたからかもしれません。今秋、北朝鮮に松茸を食べに行こうと思っていたのですが、ちょっと行きにくくなってしまいました。

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写真-1 平壌の遊園地です。電力不足で営業してませんでした。

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写真-2 交通整理をする街角の女性警官です。採用試験は容姿のみだろうと思われました。

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写真-3 平壌のホテルの客室にあったカレンダーです。

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写真-4 平壌の空港です。高麗航空の飛行機が並んでいます。

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ルーブル美術館展

先月は神戸市立博物館まで遠出して「ルーブル美術館展」も見てきました。これまでルーブル美術館には4、5回行ったことがあり、今さらという感じもしたのですが、京大生協で割引券が売られていたので、とりあえず行ってみることにしました。ルーブル美術館はあまりに巨大なので、毎回途中で疲れ果ててしまい、展示物すべてをまじめに見たことは一度たりともありません。ここに来るたびに、無用にでかすぎた戦艦大和のことを思い出してしまいます。もうちょっと見たいな~と思わせる「ルーブル美術館展」くらいがちょうどいいです。

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写真-1 「ルーブル美術館展」の図録です。

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写真-2 マリー・アントワネットの旅行鞄が興味深かったです。

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写真-3 本物のルーブル美術館です。美術館の適正サイズを明らかに超えています。

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写真-4 本物のルーブル美術館にあるサモトラケのニケです。

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芸術都市 パリの100年展

東京国立博物館の近くにある東京都美術館で「芸術都市 パリの100年展」というのをやっていたので、ついでに見てきたのですが、こちらは全然おもしろくなかったです。こんな安っぽい寄せ集めの展示は、たとえパリマニアであっても楽しめないのではないかと思います。パリにはもう3年も行っておらず、近頃はどうなってるのかな~と思ってます。

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写真-1 東京都美術館です。

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写真-2 「芸術都市 パリの100年展」の図録です。

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2008年8月 8日 (金)

東京国立博物館

もうだいぶん前のような気がしていますが、先月ODA民間モニターの説明会で東京へ行った帰りに初めて東京国立博物館というところへ行ってきました。日本を代表する博物館というだけあって、素晴らしいところだったと思います。海外の有名な博物館や美術館はたいてい行っていると思うのですが、日本国内のものは全然行ったことがなかったのでした。「フランスが夢見た日本―陶器に写した北斎、広重」という特別展を見るのが目的だったのですが、本館や東洋館の常設展もとてもよいものでした。時間が十分になくて、全部見ることができなかったので、またいつか行きたいと思っています。

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写真-1 特別展「フランスが夢見た日本―陶器に写した北斎、広重」の図録です。

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写真-2 東洋館です。

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写真-2 東洋館にあったイランの美術品(その1)

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写真-3 東洋館にあったイランの美術品(その2)

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イランのビザ

イランのビザが取れて大喜びしています。今回は東京のイラン大使館までビザの申請に行ったりしたのでたいへんでした。イランは明らかにコネ社会です。イラン社会ではどれだけ力のあるコネを持っているかで、その人の実力が決まるとも言えるでしょう。今回のビザの取得では東京に住むとても親切なイラン人にお世話になってとても感謝しています。私個人の力では絶対にビザは取れませんでした。さて、イランの抱える問題はアメリカと仲が悪いことに尽きるのですが、アメリカもイランも実は似たもの同士で、お互いに意地を張っているだけではないかと感じています。個人的にはアメリカもイランも同じくらい大好きです!

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写真-1 やっと手に入ったイランのビザです。

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Made in Bangladesh

バングラデシュは縫製産業が盛んな国で、ユニクロが商品の調達先の一部を中国からバングラデシュに変更したことが話題になっています。そんなことは露知らず、この前カリフォルニアのDixon(デービスのお隣)にあるウォルマートで買ったシャツがバングラデシュ製だったことに帰国してから気づきました。このシャツの品質はとてもよくて、お値段も7ドル台と安かったのでいい買い物をしたと思っています。このシャツを今回バングラデシュに持って行ったのですが、これによってバングラデシュ->カリフォルニア->日本->バングラデシュという経路で里帰りをしたことになります。経済がグローバル化するというのはこういうことなのかもしれないですね。

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写真-1 とても品質のよいバングラデシュ製のシャツです。

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2008年8月 7日 (木)

バングラデシュの檳榔

バングラデシュの市場で売られていた写真-1のような葉っぱが何なのか気になったので尋ねてみました。すると、とても親切なバングラデシュ人が写真-2のようなものを持ってきてくれて、盛んに口に入れろと催促してきます。こんなものを食べてお腹をこわしたらたいへんなので、にこにこ笑ってその場はごまかしていました。しかし、口に入れなかったので、非常に残念そうな顔をされてしまい、たいへん申し訳なかったです。後で通訳のバングラデシュ人に尋ねたところ、これは檳榔(ビンロウ)なのだそうです。そう言えば、車窓から台湾でしばしば見かける檳榔の木らしきものが見えていました。檳榔は一度やってみたいと思っているのですが、口の中が真っ赤になるという話を聞くと怖くて勇気が出ないですね。

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写真-1 市場で見つけた謎の葉っぱです。

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写真-2 葉っぱの用途は檳榔でした。

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写真-3 車窓から檳榔の木が見えてました。

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2008年8月 6日 (水)

バングラデシュはレンガ王国

バングラデシュでしばしば目にするおもしろいものにレンガ工場というのがあります。バングラデシュは大河の河口部に位置する国で、川に行っても石が取れないので、その代わりにレンガが使われているのです。建築資材の砂利の代わりにレンガを砕いて使っているというのは驚きでした。

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写真-1 高い煙突があるのでわかりやすいレンガ工場です。

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写真-2 女性がレンガを砕いています。レンガを砕く機械も使われているそうです。

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アメリカからエアメール

アメリカに住んでいたときの大家さんからお手紙が来ていたのですが、冒頭に「Greetings for the New Year 2008」と書かれていました。何で今頃と不思議に思ったのですが、手紙の日付が2008年1月になっており、なんと半年以上が過ぎた今頃になって届いているのです。日本の郵便屋さんはしっかりしているので、たぶん、というか間違いなくUSPSの問題だろうと思いました。アメリカ恐るべしだなあと今さらですが驚いています。

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バングラデシュのおいしい日本食

バングラデシュでは毎日高級レストランでのお食事だったので、大喜びでたくさん食べていました。ふだん、99円ショップの食べ物しか食べていないので落差が大きかったです。今日もバングラデシュで食べたおいしいものを思い出しながら、99円ショップで買った具のとても少ない餃子を食べていました。バングラデシュで高級レストランばかり使っていたのは贅沢をしていたというわけではなく、ODA民間モニターの中から病気や下痢になる人が出たらたいへんな事態になるので、現地の大使館の人が慎重にレストランを選んでくれていたみたいです。バングラデシュの衛生状態は相当悪いみたいなのですが、おかげで一度もお腹をこわすことがなく旅行を終えることができました。バングラデシュでは大使主催の晩餐会というものがあって、久しぶりにおいしい日本食を食べて大喜びでした。ツアーの参加者の中には「たいしたことなかったね」と言っている人もいましたが、私的にはこんなおいしいものが毎日食べられるならやっぱり大使になりた~いと思ってしまったのでした。

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写真-1 何やら豪華な雰囲気のテーブルです。

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写真-2 ワインもおいしかったと思います。

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写真-3 どんなものが出てくるのかと思っていたのですが、意外にもバイキング(all-you-can-eat)でした。

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写真-4 おそばがおいしかったです。こんなおいしいものはもう当分食べられないかも。(貧乏なので。)

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2008年8月 5日 (火)

サッポロ歯科大学

バングラデシュで蔓延している感染症の防止のためにも、口腔衛生に関する支援が不可欠になっているとのことです。ダッカ市内には北海道大学歯学部で学んだバングラデシュ人の歯科医師のグループが運営している歯科医院があって、そこでは歯科医師の養成も行われています。この病院の名前は「サッポロ歯科大学(Sapporo Dental College & Hospital)」と言います。サッポロ歯科大学はダッカのスラム街に移動クリニックを開設して、貧困層の虫歯の治療などを行っています。バングラデシュでは歯ブラシやキシリトールも普及しておらず、虫歯の患者さんはとても多いのだそうです。日本の大学で学んだ留学生には、豊かな日本に残って仕事を見つけようとする人が多いと思います。日本に残るか母国に帰るかは本人の意思なのでとやかくは言えませんが、日本で学んだ技術を母国に帰って貧困層のために役立てようとする志の高いバングラデシュ人の歯科医師に感動でした。日本で貯めたお金で家を建てることしか考えてない留学生も現実には多いと思うんですけどね。

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写真-1 バングラデシュに札幌がありました。ダッカの「サッポロ歯科大学」です。

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写真-2 日本の援助で供与された機材です。

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写真-3 ODA民間モニターの歓迎式典も開催されました。

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写真-4 ダッカのスラム街に開設された移動クリニックです。

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ダッカ廃棄物ツアー

バングラデシュの首都ダッカでは、人口の流入と市街地の拡大が進んでおり、それに伴う都市のゴミ問題が課題となっています。ダッカ市のWARD 36というエリアに設置された清掃事務所、ゴミ収集の現場を見学した後、マトワイル最終処分場を訪問しました。写真-1はWARD 36の清掃事務所で、毎日5~10人の住民がゴミの捨て方などさまざまな相談にやって来るとのことでした。清掃事務所のスタッフも携帯電話番号の入った名刺を住民に配って、清掃事務所の存在を積極的にアピールしているのだとか。清掃作業を終了したクリーナーがここへいったん戻ってきて作業報告をしてから帰宅するので、清掃状況に関する様々な情報がここへ集まってくるということでした。写真-2はこの清掃事務所の前で行われていた道路の清掃作業の様子ですが、通常この時間はやっていないそうで、これはODA民間モニターに見せるためのデモンストレーションです。写真-3と4は街角のゴミの収集作業です。ゴミ収集の作業員は手袋をしておらず危ないと思いましたが、長靴を履いているというのはJICAの人も驚いていました。写真-5はゴミを満載したコンテナをトラックに積み込んでいるところです。将来的にはダッカ市にも日本のようなパッカー車を導入して、効率的なゴミ収集を実現することが検討されているということでした。写真-6は最後に訪れたマトワイル最終処分場です。ここにはゴミを満載したトラックが毎日300台くらいやってくるのだそうで、すでに巨大なゴミの山ができていました。日本の場合は焼却したものを処理場に捨てますが、ここではそのまま埋めてしまうため、日本の場合よりも20倍くらいの速度でゴミが積み上がっていくということでした。ここに来ると臭いが服に染み付くと事前に警告されていたのですが、とにかくものすごく嫌な臭いがして、鼻で息をすることもできませんでした。仕方がないので口で息をしていたら、ここで喉を痛めてしまいました。ダッカでゴミ処理の指導をするために東京都から来ている日本人がいて、「とてもいい臭いだ」と信じられないことを言っていましたが、本当に心からゴミ処理に情熱を燃やしているこの道一筋の専門家という感じの人でした。こんなところにもプラスティックや空き瓶などを集めて生計を立てている子供たちがいました(写真-7)。子供たちの表情には悲壮感はなく、明るくたくましいという印象でした。ここでゴミを集めることによって毎日約100タカ(最高200タカ)の収入があるというのですからすごいものです。ダッカは人が多過ぎて土地が足りないのですが、このゴミ処分場にも勝手に人々が入ってきてゴミの山の土手で勝手に作った野菜を収穫していました(写真-8)。こんな野菜を食べて健康上の問題が起きないのかと不安を感じてしまいましたが、東京都の専門家は「日本とはゴミの性質も違うので大丈夫でしょう」と言ってました。このゴミ処分場からは以前、有害な廃液が周辺に流れ出して深刻な水質汚染問題を引き起こしていたらしいのですが、現在は有害な廃液を浄化するための仕組みが整備されており、何も問題はないとのことでした。

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写真-1 WARD 36の清掃事務所です。

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写真-2 道路清掃の風景です。

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写真-3 街角のゴミ収集車です。

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写真-4 ゴミ収集を行っている作業員です。

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写真-5 ゴミを満載したコンテナをトラックに載せているところです。

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写真-6 強烈な臭いが漂うマトワイル最終処分場です。

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写真-7 ゴミを集めて生計を立てている元気な子供たちです。

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写真-8 勝手に作った野菜の収穫作業です。

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2008年8月 4日 (月)

青年海外協力隊

青年海外協力隊による感染症対策(ポリオワクチン接種)の活動現場を訪れました。青年海外協力隊(JOCV、Japan Overseas Cooperation Volunteers)の若者は、ベンガル語も自由自在に話せてとても一生懸命活動をしていると感じたのですが、青年海外協力隊というシステムには疑問を感じてしまいました。青年海外協力隊は日本人なら誰でも知っているような知名度の高い発展途上国を支援する「ボランティア活動」ですが、NGOなど民間の活動が活発に行われている今日、日本の青年を税金で海外に送り出す必要性は少なくなっていると思います。青年海外協力隊には発展途上国を支援するという目標だけでなく、日本の青年を育成するというもう一つの目標もあるらしいのですが、このあたりがごちゃまぜになって活動の意義がわかりにくくなっているのではないかと思いました。国際交流や異文化体験による日本の青年の育成にまで税金を使う必要はないと思っており、青年海外協力隊の目標が途上国の援助なのか日本の青年の育成なのかは明確に区別が必要なところです。バングラデシュで青年海外協力隊の一人が口にした「JICAは我々に成果を求めていない」という言葉は、今回聞いた様々なお話の中でいちばん強く心に残ったものでした。この言葉を最初に聞いたとき、異文化の中で仕事をするのだから失敗することもあるだろうし、成果を求めないのはJICAの親心のようなものではないのかと考えました。この青年はまじめすぎるとも思ったのですが、実は後々この青年の言い分の方が正しいことに気づかされてしまいました。確かに、JICAは経験の乏しい青年海外協力隊に援助の成果まで求めておらず、若さと情熱で国際交流でもしてくれたらいいと考えているみたいなところがあるのです。青年海外協力隊の派遣人数が30,000人を超えたと盛んに宣伝していますが、やる気があって健康だったら、安上がりなのでとにかく海外へ送り込んで使い捨てにしてきた結果という印象も受けます。青年海外協力隊の現状のシステムには、やはり改革が必要になっていると思います。「1. 経験や技術のある人材だけを少数精鋭で派遣する(健康とやる気と若さだけで派遣しない)」、「2. 一人一人の活動の成果を定期的に評価・点検する(青年海外協力隊員に活動の成果を求める)」、「3. 青年海外協力隊員に正当な給与を支払う(ボランティアだからという言い逃れはやめる)」、「4. 優秀な人材の雇用・派遣を継続する(人材の使い捨てをやめる)」といった改革をしてはどうかと思いました。青年だからと年齢制限を設けたり「シニア海外ボランティア」と区別したりする必要も全然ないと思いますね。

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写真-1 青年海外協力隊による感染症対策(ポリオワクチン接種)の活動現場

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農村インフラ整備計画

今回の視察案件の中でいちばん興味を持ったのは、国際協力銀行の実施した「東部バングラデシュ農村インフラ整備計画」で、このプロジェクトによって作られている道路・市場・役場を見学することができました。道路特定財源で無駄な道路を作っている日本のような国を別とすれば、道路のようなインフラは国の発展には欠かせないものです。道路がなければ生活物資の運搬ができないし、農作物を出荷することもできないし、病人を搬送することもできないのです。このプロジェクトでは道路の補修や路肩への樹木の植栽に地元の貧しい女性を使うことにより彼女たちの生活向上に役立てているとの説明がありました。何のために路肩の木を植えるのかと言えば、洪水時に道路の位置がわかるようにしたり歩行者や人力車の運転手に日陰を提供したりするためなのだそうです。路肩に植えた樹木の果物を売ってその利益をこの女性たちの間で分配する仕組みもあるということでした。どこかの日本企業や環境保護団体みたいに、「地球環境のために木を植えてます」などとインチキくさいことを言ってないところに好感が持てました。

この道路の仕事に携わっている女性は何らかの理由でご主人がいないといった生活困窮者が優先的に選ばれているようで、仕事の対価として1日当たり90タカ(1タカ=1.7円とすると153円)が支払われるそうです。「体感物価」(10タカ=100円)でも900円なので決して多くはないと思いますが、彼女たちへインタービューしたところ、「お金をもらえる仕事ができるのはとてもうれしい。」「この仕事をもらう前は家で一人ぼっちだった。仕事ができるようになってお金ももらえて生活が変わった。」という答えが返ってきました。実は90タカの賃金うち36タカは強制的に銀行に貯蓄させられることになっていて、手取りはもっと少なくなるのですが、それでも彼女たちはとてもうれしそうでした。この仕事を2年6ヶ月続けると、この貯蓄はおおよそ30,000タカになるそうで、彼女たちはそれを使って経済的に自立するための一歩を踏み出すことができる仕組みになっているからです。「銀行にお金が貯まったら何に使いますか?」という質問をしたところ、「牛(10,000~12,000タカ)を買いたい」「荷車(10,000タカ)を買いたい」「家の修理をしたい」というような答えが返ってきました。これまで、先進国からの多額の資金援助が発展途上国の一般の人々、特に貧困層の人々に直接的な経済的恩恵をもたらしていないことに疑問を持っていたのですが、このようなプロジェクトがあるということを知ったのは大きな収穫だったと思っています。

この道路を見学した後は市場を訪れました。この市場ではおびただしい数のバングラデシュ人に囲まれ身動きが取れないほどでした。この市場を運営している委員会の人たちに大歓迎されて、たくさんのお礼の言葉が述べられていましたが、その間も周囲が騒々しかったので何が話されているのかよくわかりませんでした。何となくわかったのは、この市場では活発な商取引が行われており、貧しい農民たちに現金収入をもたらす役割を果たしているということでした。市場の次に訪れたのはユニオンの役場で、ここでも大歓迎を受けてしまいました。役場の建物というのは確かに地方行政の拠点となるものではありますが、道路や市場に比べると日本の援助を投入してまで作る必要性は低いように感じられました。この役場の建物もいっそのことサイクロンシェルターにしておけばよかったのではないかと思います。

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写真-1 道路の補修工事を行っている女性たち。ユニフォームは支給されているそうです。

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写真-2 路肩に植えられた木です。

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写真-3 市場の運営委員の人たちのご挨拶が長時間続きました。この周りにはおびただしい数のバングラデシュ人が見物に訪れています。

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写真-4 市場の中の乾物が売られている一角です。

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写真-5 市場の中のバナナ売り場です。

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写真-6 近くの池で捕れたお魚なのだそうです。

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写真-7 役場(ユニオン)の建物です。 

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写真-8 ここでもお役人さんの大歓迎を受けています。

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多目的サイクロンシェルター

サイクロンの襲来をたびたび受けるバングラデシュでは、致命的な被害をもたらす高潮から人命を守るためにサイクロンシェルターの建設が進められています。サイクロンシェルターは高い柱で嵩上げされた建物で、高潮発生時にはこの建物の二階より上に避難することが想定されています。サイクロンの警報は、テレビ、ラジオ、スピーカー、サイクロン準備計画(CPP、Cyclone Preparedness Program)のボランティアなどから住民に伝達されますが、周辺住民が全員サイクロンシェルターに避難できるわけではありません。サイクロンシェルターの収容力が十分でなかったり、サイクロンシェルターが遠く離れたところにしかなかったり、貴重な財産である家畜を残したままにできなかったりといった理由で、サイクロンシェルターに避難できない人が大勢いることも報告されています。

サイクロンによる高潮はめったに来るものではないので、今回訪れたサイクロンシェルターは平常時には小学校として活用されていました。そういうわけで、ODA民間モニターが到着すると子供たちの大歓迎を受けてしまいました。ここでいただいた資料によれば、このサイクロンシェルターはChakaria郡(Upazila)のPaschim Bara Bheolaユニオン(Union)のIllishia村(Village)にあるIllishia公立小学校(Illishia Govt. Primary School)となっています。この建物の中には4つの教室と教員室と倉庫があり、床面積は639.36m2で、生徒数は382人、教員数5人です。この学区には1,736世帯が住んでおり、1世帯におおよそ5~6人いると考えれば10,000人くらいは収容できなければなりません。一方、このサイクロンシェルターは一人当たり50cm四方の割り当てという設計になっているらしく、それで計算すると639.36×4=2,557人しか収容できないことになります。資料には「約700人が収容可能」と書かれていて、JICAやJBICの人たちが大慌てで数値の出所や真偽を確認していましたが、700人というのは単なる推定値ということがわかりました。しかし、現実にサイクロンが来たら誰だって狭いのは嫌なので、700人くらいで締め切るつもりなのではなかろうかと疑われるのでした。

このシェルターには食料、水、医薬品などの備蓄は一切ないということでしたが、高潮が来た場合の5~6時間を耐えしのげばよいという設計思想からそうなっているのだそうです。備蓄した食料、水、医薬品を適切に管理しながら更新していくことは難しいという現実もあるということでした。建物の中にはトイレの数も少ししかありませんが、やはり高潮の発生している数時間だけ耐えられればいいという理由でそうなっているとのことでした。屋根のない屋上ももちろん避難エリアなのですが、雨や風が強いときはこれではつらいだろうなと思いました。このサイクロンシェルターでは最近避難訓練が行われたそうで、JICAの人もこの話を聞いて驚いていました。2007年11月のサイクロン「シドル」による被害が比較的小さかったのは、サイクロンシェルターが有効に機能したことも要因の一つと考えられているそうで、無駄な建物ではないということがよくわかりました。

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写真-1 ふだんは小学校として活用されているサイクロンシェルターです。

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写真-2 子供たちの大歓迎を受けました。この旅行中ずっとバングラデシュというのはトルコ・台湾以上の「親日国」ではなかろうかと感じていました。

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写真-3 建物の1階には柱があるだけです。

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写真-4 教室の風景です。非常時には蚕棚のようなものを作って、2段にすればより多くの人を収容できるという意見もありました。

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写真-5 サイクロンシェルターの屋上です。雨風を受けながらここに長時間避難するのは嫌かもです。

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2008年8月 3日 (日)

気象レーダー

バングラデシュの経済発展を妨げている要因の一つに、たびたび同国を襲うサイクロンのような自然災害があります。バングラデシュではサイクロンによって1970年には50万人、1991年にも14万人の犠牲者が出たとされています。近年では2007年11月にバングラデシュに上陸したサイクロン「シドル」によって4,000人以上の死者・行方不明者が出ています。このような自然災害による被害を最小限に止めるためには、早期に警報を発出することによって、住民が適切に非難する体制の構築が必要となります。1988年に日本の無償資金協力によってコックスバザールに気象レーダーが建設されましたが、施設の老朽化が進んだことから、このたび新たな気象レーダー施設が再び日本の無償資金協力によって建設されました。この施設はドップラーレーダーを備えており、降雨の状況をリアルタイムに把握することが可能になっているとのことです。ここで収集したデータはダッカの気象局に速やかに送られ、サイクロンのような気象災害に対する警報を発出するために役立っているということでした。衛星の観測データは基本的に雲の分布しかわかりませんが、このレーダーがあれば雨量の分布まで把握できるという説明がありました。JAXAの熱帯降雨観測衛星「TRMM」のような降雨量を観測できる衛星も存在しているはずなんですが、とにかくこのような説明でした。この施設の中に入るには入口で靴を脱いでスリッパに履き替えることが求められました。施設の中は整理整頓がきちんと行われており、塵一つ落ちていないと言えるほど掃除も行き届いていました。この施設の運営指導は日本気象協会から来た日本人が行っているそうなのですが、バングラデシュ人は整理整頓や掃除をこまめにやるような民族ではないので、自らが率先して掃除や整理整頓を行ってバングラデシュ人に背中で教えてきたのだそうです。誰だって頭ごなしに「あれはだめ」「これはだめ」「あれをしなさい」「これをしなさい」と命令されるのは気分のよいものではありません。発展途上国の援助における人材育成の方法として、「背中で教える」というのはいいかもねと思いました。

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写真-1 コックスバザールの気象レーダーです。

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写真-2 ドップラーレーダーの説明が行われているところです。

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写真-3 屋上のドームの中には大きなアンテナがありました。

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写真-4 屋上から周囲の見た景色です。この施設は小高い丘の上にあるので見晴らしがよかったです。バングラデシュの雨季でこんなに天気がいいのは珍しいそうです。

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クムディニ病院

インドネシアのジャカルタでは路上にたくさんの身体障害者がいて、仕事はできないので物乞いをしながら生活をしています。熱帯の灼熱の太陽の下で毎日毎日こんなことをしながら生きていくのはたいへんなことです。下半身のない人が両手を使って路上を移動しながら物乞いをしている姿を見て、そこまでして生きる意味は何なのかと考えさせられるとともに、そこまでして生きる価値があるということを教えられてしまったのでした。

バングラデシュに着いて、日本大使館に向かうマイクロバスの車窓から景色を眺めていると、この国にも路上で物乞いをしている身体障害者が多いことに気づきました。日本大使館に到着すると、大使館や援助関係者とのミーティングがあったので、「路上で物乞いをしている身体障害者に対して、政府あるいはNGOのレベルでどのような支援が行われているのですか?」という質問をしてみたのですが、誰一人この質問に答えられなかったことに非常にがっかりしました。海外に赴任している大使館やJICAの職員は、日本の庶民とは桁違いの給料をもらっている王侯貴族みたいな人たちなので、こういうことにはたぶん興味はないんだろうなと思ったのでした。その後も質疑応答が続いていましたが、個人的には非常にどうでもよかったです。この日の夕食会にはバングラデシュで活動しているNGOの人が参加していたので、この質問を投げかけてみたところ、バングラデシュは医療水準が低いため身体障害者の数は非常に多いということでした。先進国の医療なら直せる程度の障害もこの国では放置されており、彼らを支援しているNGOもいるけれど、きわめて少数であるということでした。ストリートチルドレンのようなわかりやすい援助対象には比較的多くの支援の手が差し伸べられているものの、援助の狭間で見捨てられている人もたくさんいるというのが現実みたいです。

バングラデシュは乳幼児死亡率も高く、特に貧困層の人々に対する医療支援の充実が求められています。バングラデシュのクムディニ福祉財団という企業グループが運営するクムディニ病院では最初にわずか10タカを払えば、その後6ヶ月間あらゆる診療が無料で受けられるということでした。この病院には日本のODAによってこれまでも医療機材や救急車などが供与されていましたが、今回2台の発電機が追加供与されており、そのための感謝の式典がODA民間モニターの来訪に合わせて開催されました。この発電機は天然ガスを燃料に使うので、既存のものに比べると発電コストを大幅に下げることができるそうです。実はバングラデシュは天然ガスに恵まれている国で、インドと同じくCNG(Compressed Natural Gas)の車がたくさん走っています。バングラデシュは電力事情がとても悪く、毎日のように停電が起きているのですが、病院で停電が起きると診療に支障が出るばかりでなく、患者さんの生命に関わることもあるため、電力の安定供給が求められています。この感謝の式典にはクムディニ福祉財団の理事長などから日本の援助に対する感謝の言葉が胸に突き刺さるほど強烈に伝わって来ました。たいしたものを贈っているわけでもないのにこんなに感謝されるのは恥ずかしいとの言葉もODA民間モニターの参加者から聞かれるほどでした。

バングラデシュのような発展途上国にも富裕層はたくさんいるのだから、外国に頼るよりもそういう人たちがまずは自国の貧困層に対して経済的な支援を行うべきだと思っています。発展途上国を先進国の援助漬けにして、欲しい物は何でももらえるという甘えを生むことだけは絶対的に避けなければなりません。クムディニ福祉財団のようなバングラデシュの貧困層を支援している国内組織を外国の援助機関が支援するのは、バングラデシュ人の自立を促すためにも望ましい援助の方法ではないかと思いました。

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写真-1 クムディニ病院の建物です。創設者の肖像画もあります。

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写真-2 日本の支援に対して感謝の言葉を述べられる理事長さんです。

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写真-3 クムディニ病院の病室です。

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写真-4 日本の援助で贈られたガス発電機です。

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2008年8月 1日 (金)

ジャムナ多目的橋

バングラデシュは北から南へ流れるジャムナ川によって国土が東西に分断されており、人の移動や物流の面で大きな支障となっています。そこで、世界銀行、アジア開発銀行、国際協力銀行が強調して融資を行い、ジャムナ川に道路・鉄道・電気・ガス・通信の機能を持ったジャムナ多目的橋が架けられました。この橋を造ったのは日本企業ではなく、韓国の企業連合です。日本企業は技術審査で落ちてしまったらしく、コストで負けたのならまだしも技術で負けるなんて悔しいというお話も聞きました。

実はこの橋の建設によって多くの近隣住民が住居を移転することを余儀なくされました。移転先の村で聞き取り調査を行ったところ、「住民移転の補償金は十分でなかった」「移転前は畑で農作物を生産していたが、移転後の村では人力車を引く以外に仕事は何もない」「生活はこれまでより苦しくなったが、橋ができたのはよかった」という答えが返ってきました。このような状況で「橋ができてよかった」というのはとても不可解な答えなのですが、彼らは他の多くのバングラデシュ人と同様、心がとても純粋で批判的精神はあまり持ちあわせていないように思われました。

ジャムナ橋の通行台数は毎年増加しており、2006年は交通量の計画が3,019台/日だったのに対し、5,678台/日という実績になっています。通行料収入から維持管理費などをさし引いた収支も黒字であることから、プロジェクトとしては成功しているという説明を受けました。しかし、実際に橋を渡ってみると、もっと多くの車両が通行できる余裕はあるのに、あまり車は走っていないという印象を受けました。私たちがこの橋を渡ったのがお昼頃で、朝夕はもっと車が走っているということでしたが、あれだけ車の走っていない瀬戸大橋の交通量が約14,000台/日であることを考えれば、この橋にはまだまだ十分余裕がありそうです。

この橋の通行料である1,000タカ(中型トラック)や400タカ(乗用車)はバングラデシュの物価水準からみれば極めて高額なものであり、フェリーを使っている車両が依然多いのではないかと思われのですが、ジャムナ川の渡河交通量のうちどのくらいの割合をジャムナ橋が担っているのかは、資料を探してもらったのですがなかったので不明となっています。バングラデシュにおける「体感物価」が10タカ=100円であることを考えれば、1,000タカというのは10,000円で、400タカというのは4,000円になり、橋の通行料はたとえフェリーに対抗できるものであったとしても、決して安いものではないことがわかります。ジャムナ橋の高額な通行料を一時的に引き下げてみて、どの程度交通量や収支が変化するのか調査する社会実験(参考)を実施してみてはどうかと思いました。

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写真-1 ジャムナ多目的橋です。

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写真-2 バングラデシュの100タカ札にはジャムナ多目的橋がデザインされています。

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写真-3 強制移転させられた住民の皆様です。心の純粋な人たちだと感じました。

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イラン大使館に行ってきました

イランのビザを入手すべく東京のイラン・イスラム共和国大使館へ行ってきました。電話での問い合わせに対しては、「個人にはビザは出していません。団体ツアーだけです。」と頑なに断られていたのですが、イラン人といっしょに行って窓口でペルシア語で事情を話してもらったら、ビザの申請を受け付けてもらえました。切手を貼った封筒を渡してパスポートの返送をお願いしたら、それもやってもらえるということで大喜びしています。大使館の中で様子を見ていたところ、個人旅行のビザを取りに来た日本人はやはり追い返されていましたが、旅行会社の人がお客さんのビザを代行で取りに来た場合は受け付けられていました。どうか、ビザの貼られたパスポートが送られて来ますように。

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写真-1 ものすごく立派なイラン大使館です。イラン(の政府)はお金持ちなんですよね。

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写真-2 イマーム・ホメイニー財団の募金箱もありました。ビザが取れることを願って小銭を入れてきました。

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2008年7月31日 (木)

バングラデシュのねこ

バングラデシュではねこをほとんど見かけませんでした。この国では食べ物がほとんど捨てられないため、野良猫のえさが手に入りにくいからではないかと思っています。日本の援助で発電機などが供与されたクムディニ病院で、併設の女学校のみなさんが盛大な歓迎のパフォーマンスを披露してくれたのですが、ここにはねこがいたのでパフォーマンスの間中ねこの方が気になっていました。その後もずっと黒ねこを探していたのですが、ついに見つけることはできませんでした。黒やぎはたくさんいたんですけどね。

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写真-1 クムディニ病院の女学校のみなさんによるパフォーマンス。

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写真-2 クムディニ病院のなかよしのねこ。

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水浸しの国

バングラデシュという国を一言で表現すると、「水浸しの国」でいいのではないかと思いました。この国は4~9月がだいたい雨季で、10~3月が乾季なのだそうです。今回訪れた7月はいかにもバングラデシュらしい雨の多い時期らしいのですが、強い雨に降られることは一度もなくて、とても運がよかったです。それでも、国中いたるところが水没しているのはバスの車窓からも一目瞭然でした。日本では洪水で家が水没するというのはたいへんなことですが、バングラデシュの人々はそんなことにはすっかり慣れていて、洪水とうまく付き合いながら生活しているようでした。写真-1はダッカを離陸してすぐの飛行機の窓から見た地上の風景です。この国がいかに水没しているかがわかると思います。

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写真-1 バングラデシュの国土

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2008年7月30日 (水)

早くよくなって!

これまでマラリア汚染地域のようなところを何度か訪れているのですが、大きな病気をしなかったのは運がよかったのだろうと思ってます。ただ一度だけ、危ない思いをしたことがあります。初めてインドネシアに行ったとき、東カリマンタンのマハカム川上流の村に行くことになっていたのですが、マラリアを恐れて現地の薬屋さんでマラリアの予防薬を買って船に乗る前に飲んでおきました。最初は気持ちよく船に揺られていたのですが、突然船酔いになったような感じがして気分が悪くなってきました。そして、胃の中のものを川面に吐き出した後2~3日くらい意識が朦朧としたまま、マハカム川上流の小さな村でずっと横たわっていました。その間の記憶が全然残っていないのですが、飲まず食わずでトイレにも行ってないのではないかと思います。こんな奥地で重病になったらヘリで河口のサマリンダまで搬送するしかないのですが、誰もヘリは呼んでくれませんでしたね(笑)。これ以後マラリアの予防薬は飲まないことにしたのは言うまでもありません。さて、今回バングラデシュにいっしょに行ったメンバーの中に帰国後高熱が出ている人がいることを知ってとても心配しています。マハカム川のほとりの小屋で朦朧とした意識の中で見ていた暗闇のことを思い出しています。神様はときどき残酷なことをするので怖いです。早くよくなりますように!

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2008年7月29日 (火)

観光振興で途上国支援

「観光」は工業やサービス業が十分に発展していない貧しい国に外貨収入をもたらす重要な手段です。そういうわけで、マレーシアでは「Malaysia Truly Asia」、タイでは「amazing THAILAND」、インドでは「Incredible India」といった外国人観光客を呼び込むためのキャンペーンが展開されています。日本にも「YOKOSO! JAPAN」というキャンペーンがありますね。NIKKEI NETに「国交省、観光振興で途上国支援」という記事が出ていました。

国土交通省は政府開発援助(ODA)の枠組みでアジアやアフリカなど途上国の観光振興を支援する。観光に精通した日本企業が現地調査し、日本人など外国人観光客を増やすための手だてを立案。それを基に観光イベントなどのPR活動を進めるほか、現地と日本の観光関係者の情報交換の場などを提供する。

対象国は「ウズベキスタンとベトナム」なのだそうですが、この記事には選定理由が書かれておらず、なぜこの二国が選ばれたのか理解に苦しむところです。これらの二国はともに観光資源に恵まれた国で、観光の情報はすでにいくらでもあります。特にベトナムは、日本人観光客にも定番中の定番のデスティネーションになっているので、何を今さらという感じです。発展途上国の観光振興を支援して外国人観光客を増やす事業をODAで実施するのなら、ぜひともバングラデシュでやってもらいたいと思いました。バングラデシュはアジアでは珍しく「地球の歩き方」にも見捨てられている国です。バングラデシュの観光産業を支援するために、やれること、やるべきことはいくらでもあります。

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2008年7月28日 (月)

途上国援助とプライオリティ

アメリカでよく使われる言葉、そして(たぶん)アメリカ人が好きな言葉に「priority」があります。バングラデシュのODA現場視察ツアーの間、この言葉が常に頭に浮かんでいました。バングラデシュは小さな国土に日本よりも多くの人が住んでいて、その中には貧困に苦しんでいる人が大勢います。日本の援助はバングラデシュで明らかに感謝されていましたが、日本の財政状況が苦しい中で援助額を増やしたくても、それは簡単なことではありません。それならばやはり、限られた資金を有効に活用するために援助の「priority」を考えることが、今後ますます重要になってくるはずです。それでは何に基づいて「priority」を決定すればいいのかというと、これは意外に難しい問題だと思いました。普通に考えればプロジェクトの費用対効果ということになるのでしょうが、日本の税金を使う以上、日本国民の利益、つまり国益も考えなければならないからです。途上国援助の「priority」を合理的に決定するための理論や手法もどこかに存在しているだろうとは思うのですが、不勉強のため全く知りません。実は今、この分野を本気で勉強してみたいと思っているのですが、こんな気持ちになったのはバングラデシュへ行くことができたおかげです。

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2008年7月13日 (日)

ニンニクを買ってきた

もしかすると単に探し方が悪いのかもしれませんが、アメリカのスーパーマーケットでふつうに売られているニンニクの瓶詰めが日本では見当たらないというのがとても不思議です。この前アメリカに行ったときに、スーパーマーケットで「Crushed Garlic」「Minced Garlic」「Garlic Powder」を買ってきました。こういうものが京都で手に入るお店をご存じでしたらぜひ教えて欲しいです。

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写真-1 SAFEWAYでニンニクを買ってきました。

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佐川急便

アメリカの宅配便はとても不便なので、再配達日時の指定が簡単にできてしまう日本の宅配便にはただただ感動するばかりです。クロネコもゆうパックも大好きなのですが、ちょっとばかり憂鬱なのが佐川急便です。この会社は法人などから荷物を格安で引き受けているようですが、その分配達員に負荷が掛かりすぎているようです。コスト削減のためか配送センターが京都の南の方にしかなく、こちらから荷物を取りに行くこともできません。

佐川急便の宅配便は最初の3日間は不在でも毎日配達するようになっているそうなのですが、配達員の人が忙しいようでだいたいの傾向として1日目と3日目しか来てくれません。毎晩夜11時くらいまで配達しているようで、夜中に「これから持って行きます」などと電話が掛かってくることもあるのですが、こっちも夜11時前に帰宅することはまずないので受け取ることができず、いつも配達員の人とすれ違いになっています。

そういうわけで佐川急便の荷物は週末に受け取ることが多いです。昨夜、日曜日午前指定で再配達をインターネットから予約しました。ところが、日曜日の午前10時40分頃に配送センターのようなところから電話がきて、今日は配達員が荷物を持ち出していないので、夕方4時頃の配達になりますと言うのです。午後から大学で書類書きをするつもりだったので、そういうわけにもいきません。「絶対に午前中に持ってきて下さい」と念を押しておいたところ、午前11時58分に持ってきてくれました。時間内に届いたことには満足していますが、佐川急便はもうちょっと配達員を増やした方がいいと思います。

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2008年7月12日 (土)

言論の自由

死刑制度の是非を考える」という記事を以前書きましたが、日本の死刑制度には問題が多く廃止すべきと思っています。YOMIURI ONLINEに「被害者支援ネットワーク、「死に神」で朝日新聞に謝罪要請」という記事が出ていました。

計13人の死刑執行を命令した鳩山法相を「死に神」と表現した朝日新聞夕刊1面の素粒子欄について、45都道府県の犯罪被害者支援団体でつくる「NPO法人全国被害者支援ネットワーク」(山上晧理事長)は、被害者側への謝罪を求める要請文を11日付で朝日新聞社に送った。

朝日新聞の使った「死に神」という表現は、「自動的な死刑執行が望ましい」などと発言し軽々しく人を殺している鳩山法相に対する実に上手い皮肉だと思いました。国家権力を批判できる自由が保証されていることが民主主義の根幹だと思いますが、犯罪被害者と呼ばれる人たちは弱者であることを利用してマスコミとして当たり前の報道をした朝日新聞に不当な圧力をかけようとしています。そんなことをやっている暇があるなら、犯罪被害者を支援するという本来の崇高な業務に集中した方がいいのではないでしょうか?朝日新聞はこのような不当な圧力に萎縮することなく、日本の言論の自由を守るために正面から戦ってもらいたいです。

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チョイスビジネスレート

デービスのダウンタウンでいちばん安いホテルはEcono Lodgeだと思いますが、それでも結構高いというのが悩みの種です。デービスの郊外にあるMotel 6の方はとても安いのですが、ダウンタウンで夜お酒を飲んだら帰ることができなくなります。Econo Lodgeの予約サイトに「レートプログラムを選択」という項目がありますが、その中の「チョイスビジネスレート」がお勧めです。このレートはビジネス目的の人しか使えないと説明に書かれていますが、そんなことを調べるのは無理だと思うし、実際に使ってみたらやはりノーチェックでした。Econo Lodgeでいいところは当日でもインターネットで予約できることです。Motel 6は当日になるとインターネットで予約できなくなるので不便だと思ってます。

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写真-1 デービスのEcono Lodgeです。

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2008年7月10日 (木)

伊右衛門168円

今日とあるドラッグストアで「伊右衛門168円」と書かれた大きな値札を見て、そこにあった伊右衛門と伊右衛門(濃)のペットボトル2本をレジに持って行きました。お値段は合計376円だったので、それぞれいくらなのかと尋ねたら、伊右衛門は168円、伊右衛門(濃)は208円ということでした。しかし、商品棚のどこにも208円という値札はないし、「伊右衛門168円」と大きな札だけが付いているのだから両方とも168円だと思うのは普通だと思います。そういうわけで、208円の方は「いりません」とレジでお返しして、168円の方だけ買ってきました。最近、日本でこのような経験をすることが増えてきたと思います。いずれ日本のお店でもお釣りのごまかしとかが発生するようになるのではないかと危惧してしまいます。